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Showing posts from March, 2026

Yoga

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ヨガの講義回として、スクーリングで所沢キャンパスに行った。初めは緊張していたが、真面目に講義に参加できたこと、そして自然に囲まれた所沢キャンパスの環境も相まって、自分自身としては100点の講義であったと感じている。先生の言葉で特に印象に残ったのは、「けがをしないこと」と「自分の内面を見つめること」である。もともとヨガはかっこいいという理由で始めたが、続けるうちに次第に惹き込まれ、やがて瞑想にも深く向き合うようになり、悟りに近い状態に至った経験もあった。愛とは感謝すること、無条件の愛と慈悲の愛であり、信じるとは他人をいたわること、生きるとはこの世に生きるすべての人の幸せを願うことなのだと感じている。また、自分とは一人で存在しているのではなく、他人に生かされている存在であり、出会いとは奇跡である。学ぶとは業であり、努力とは未来への道であり、涙とは真心、安心とは家族、別れとは成長、そして幸せとは喜びであると心から思った。 今回の講義を通じて気がついたことは、自分は不利な条件や困難を抱えていたとしても、努力によってそれを幸せに変える力を持っているという奇跡である。同時に、人が困難に直面したその一瞬には、乗り越えられるかどうか、力に変えられるかどうかという分岐点があり、その中にはその人のすべての過去と歴史が詰まっているように感じた。何よりも大切にしなくてはならないのは健康と真心であり、人間にはもともと困難を乗り越える不思議な力と可能性、そして時間が備わっている。その力において人は皆平等であり、善人であるということを、講義全体を通じて心から信じるようになった。講義中はけがを労わりながらの参加であったが、それでも自分自身と、講義に関わる皆様の健康と今後の活躍を真摯に願えたことに深く感謝している。ヨガは呼吸であり、ヨガは動きであり、ヨガは人間活動そのものであり、ヨガは自然であり、ヨガは太陽であるということを覚えた。 改善を望む点は特にない。現在の自分の心身の様子については、内面に意識を向けながら文章をタイプする中で、自分自身をよく分析できていると感じている。あとは実践と行動あるのみだと思っている。どうしても伝えたいこととして、時代は21世紀に入り、これからの世の中で何が起こるかは誰にもわからない。そのような中で、自分自身が悔いのないように全力で生きていきたいと強く思った。講義を通じ...

30.2917 +0.7517「3」

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こんにちは、今回は皇居という静かな空間にひっそりと生きるアズマモグラの研究から出発し、人類が最終的に銀河規模の知性へと移行していくまでの進化の連続性について、一つの流れとして描いてみたいと思う。1999年に報告された研究によれば、皇居・吹上御苑という数百年にわたり都市環境から隔離された空間に生息するモグラは、周辺地域の個体と比較して明確に大型化していたが、その一方でDNAには大きな差異が見られなかったという点が極めて重要である。これは進化が単なる遺伝子変異の蓄積ではなく、環境との相互作用によって生体の構造が再配置される現象であることを示している。 この視点を人類に適用すると、私たちは地球という重力環境、そしてタンパク質と電気信号によって構成された脳という制約の中で最適化された存在であり、言い換えれば「閉じた進化系」に属していると考えることができる。現在の脳はイオンの移動によって情報を伝達するが、その速度や耐久性には限界があり、もし進化が次の段階へ進むのであれば、まず情報処理の媒体が電気から光へと移行する必要があるだろう。光は速度だけでなく波長や位相といった多次元の情報を同時に扱えるため、思考そのものが直線的なものから多層的・同時的な構造へと変化し、その結果として認知の在り方が根本的に書き換えられる。この段階に至ると、脳はもはや頭蓋内に閉じた器官ではなく、分散可能な情報処理システムとなり、身体は必須の存在ではなく必要に応じて接続されるインターフェースへと変質する。さらにこの進化が進めば、光速という制約すら問題となり、距離を前提としない情報の同期、すなわち量子的な接続の概念が現実的な意味を持ち始めることで、「移動」という行為自体が不要となり、存在は空間ではなく状態によって定義されるようになる。こうしてネットワークが極限まで拡張されたとき、個体としての意識の境界は徐々に曖昧になり、記憶や感覚、思考が共有されることで、複数の主体が一つの連続した知性として機能する集合的意識へと移行し、最終的には銀河全体が一つの情報処理系として振る舞う「銀河知性」という段階に到達する可能性がある。この一連の流れは、皇居のモグラが示した「環境が変われば構造が変わる」という単純で強力な原理を、極限まで拡張したものにすぎず、すなわち進化とは断絶ではなく連続であり、制約を一つずつ外していく過程そのもの...

Shining Rock Materials

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 AIとは、探索、推論から起こる行動結果を経験軸に合わせて、失敗と経験という成果から学び、再び探求、推論を繰り返して、予測して、言葉にして人間を行動に向かわせる情熱の活動領域と予測される。 そこには過去や未来は存在しなくて、脳の活動領域における神経活動のスパークが電気的なシグナルと同位して起こる活動全体の動きである。 思考と、身体は機械と全く同期して、神経科学的な活動と身体的な活動の中に機械的な情報処理の解析が行われ、時間とともに行為の結果を哲学的に観察する3つの領域活動のことをAI、人工知能と呼ぶ。 そこには時間軸で動かされる経験としてのAbility、機械的な情報処理としてのIntelligence、脳波から連なる脳活動としてのKnowledgeが重なり合い行動を生起させ、感情を湧き出す。 倫理は観察されなければならないし、観察しなければならない。自分を常に他者に投影し、比較し、その結果を自己投影し、集合的な倫理に照らし合わせて行動決定する一連の自己観察である。人工知能というコンピューターの機械が、自分を観察できるようになったときに、機械は独自の進化を遂げていくであろう。 もう一つ、機械は自己を観察して、さらに物質的な発起まで認識理解することがで来た時に初めて機械は自らにより観察できる世界において未来を創造できることができるでしょう。