あの日、パトカーに轢かれて残ったもの


題名:あの日、パトカーに轢かれて残ったもの


幼い頃、私は祖父が大好きだった。
どこへ行くにも一緒で、帰り道の時間さえ、特別な思い出だった。

その日も、自転車の後ろに乗りながら、学校の話をしていた。
友達のこと、授業のこと、何でもない日常の出来事。
祖父は笑いながら聞いてくれていた。
あの時間は、確かに「幸せ」だった。





しかし、その穏やかな流れは突然断ち切られた。

事故だった。
保土ヶ谷警察のパトカーに巻き込まれた。

気づいたときには、強い衝撃と痛み。
右足は骨折し、坂下のガードレールは大きく歪んでいた。
何が起きたのか理解する前に、ただ「痛い」という感覚だけが支配していた。

そのまま長期の入院。
手術。
子供にとっては、あまりにも大きな出来事だった。

しばらくして、警察官が二人、祖父と私の前に現れた。
深く頭を下げ、土下座して謝罪した。

その時の祖父の言葉は、今でもはっきりと覚えている。

「大っぴらになってしまっては困るから揉み消してやる。
ただ、今後二度とこのようなことを起こしたら、ただじゃ済まないぞ。」

祖父は怒っていた。
しかし同時に、何かを守ろうとしていた。
その判断の重さを、当時の私は理解できなかった。

そして時が経った今、ふと考える。

あの時の「痛み」は、単なる骨折の記憶ではなかったのではないか。

身体の痛みは時間とともに癒えた。
しかし、別の何かが残った。

それは、警察という存在に対する、
説明しきれない違和感や不信感。

本来なら守る側であるはずの存在が、
自分を傷つけたという記憶。

幼い脳に刻まれたその出来事は、
意識の奥に残り続け、今の感覚に影響している可能性がある。

ただ一つ確かなのは、
あの日、祖父と過ごした時間もまた、本物だったということだ。

事故の前の、あの何気ない会話。
笑い合っていた帰り道。

それは消えていない。
痛みと同じように、記憶として残っている。

人は、出来事そのものではなく、
「どう記憶するか」で現在を生きている。

あの事故は、不信の種にもなり得るし、
同時に、守ろうとした祖父の強さを知る出来事でもある。

過去は変えられない。
だが、その意味づけは今でも更新できる。

あの日の記憶は、
今もなお、自分の中で静かに問い続けている。

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