The Next Japaneseー次の日本人

 

北朝鮮問題、ロシアによるウクライナ侵攻、そして中東情勢の不安定化。世界は今、いくつもの火種を抱えている。ロシアは核兵器を世界への力の誇示として保持し、アメリカは「世界の平和」の名の下に、同じく大量破壊兵器である核兵器を保有している。立場こそ違えど、核の影が世界を覆っている事実は変わらない。

東アジア全体を見渡してみよう。自国に資源を持たない日本が、この状況下で再び「世界の日本」として興隆していくには、どうすればよいのか。世界は今、分断のただ中にある。未来を求めて、誰もが迷っている。中国は台頭し、ロシアや北朝鮮と協力しながら、独自の国際関係を築き上げた。資源なき国、戦力なき国である日本は、この世界でどう戦っていくべきなのか。人工知能はやがて世界中の人々の手に渡り、この世のあり方をコントロールするようになるだろう。戦略的破壊兵器である自律型兵器は、一度プログラムされれば、ただ実行されるのみだ。世界には不安要素が山ほどある。それでも東アジア情勢は、今のところ日米韓の協力によって辛うじて保たれている。ここで一つ問うてみたい。アメリカは、日本に核装備を望んでいるのだろうか。そして仮に日本が核装備をしたとき、私たちは本当に世界平和に寄与できるのだろうか。

戦争という手段は、対話とは正反対の方法である。国力は各政治家の手腕にかかっているが、その手腕は民意の上にこそ成り立っている。対話が平和をもたらすことは、米国のドナルド・トランプ大統領が一つの例として示している。そこには、彼自身のリーダーシップと決断力、そして「平和がもたらす恩恵」への理解があったからこそだろう。対話は、戦時下の状況においてこそ最大限に活用されるべきものだ。どう対話の場に持ち込むか — その手腕は各政治家に委ねられる。けれど、対話の席に着かせるためには、強いリーダーシップが不可欠である。政治とは民意である。この理解のもとに、各国と対等に語り合える「人格」を持つ指導者が必要だ。

その人格を、そして国の核を形づくるのは、平和に対する強い思いに他ならない。長崎・広島の教訓。亡くなられた多くの方々の想い。命の尊さ。戦争の悲惨さ。それらへの深い認識こそが、強い心を作る。争いに対する認識。そして、争いは対話によって解決できるという自信。これらが、今日の安保三文書の精神を形づくっていけばよい。国民はそれを受け入れるだけだ。然るべき次世代の新しいリーダーは、必ず対話路線を選ぶだろう。私たちは、悲惨な原爆を受けた、世界で唯一の被爆国の国民である。日本人である。戦争という行為を世界に広めるような政策を、絶対に許してはならない。

もう一度、言葉にしておく。戦争という手段は、どんな状況においても、人間が傷つく結果しか生まない。次世代を生きていく私たちは、対話によって解決するべきだ。


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