「MRIには映らない、共鳴する音について」

 精神科の診断は単一の検査で決まるものではなく複数の情報を統合して導かれるもので、MRIやCTは脳の器質的な異常(腫瘍、梗塞、萎縮など)を除外するために使われ、EEGはてんかんや意識障害、睡眠関連の異常を見るのに有用ですが、これらは「精神疾患そのもの」を映し出す検査ではなくあくまで身体的要因を除外したり補助的な情報を得たりするためのものであり、その上でDSM-5(米国精神医学会)やICD-10/11(WHO)といった操作的診断基準に沿って症状の種類・持続期間・生活への影響などを評価し、医師の問診・観察・心理検査の結果を加えて総合的に診断名が形作られていきます。一方で「病は気から」という言葉に象徴されるように、中国伝統医学では心と身体を切り離さず、気・血・水の巡りや五臓六腑のバランスとして人間を捉えており、西洋精神医学が症状をカテゴリーに分類していくのに対し、東洋医学は全体性と関係性を重視するという対比は、人間理解の補完関係として今もなお大きな意義を持っていると思われ、診断は短期的視野で見れば「今の症状を分類する」作業ですが、長期的視野で見れば「その人がどう生きていくか」を支える出発点に過ぎず、診断名がついた瞬間に人が定義されるわけではなく、むしろそこからが本人と医療者の対話の始まりだと言えます。そして「私は共感する、皆と共鳴する音が聞こえる」という言葉については、比喩としての表現なのか、それとも実際に音や響きを感じるという感覚的な体験についてのお話なのか、受け取り方によって応答も変わってくるので、もし差し支えなければもう少し聞かせていただけると嬉しいのですが、共感力が高い方が周囲の感情を「音」のように感じ取るという比喩であれば、それは繊細さの表れとして大切にされるべきものだと感じます😁

 






 

 

 

 

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