意識の中の亡霊 ― true story


意識の中に、もう一つの意識がある。

写真のような、ひどく鮮明な意識。流れるように、川のように、滝のように、頭の上から綺麗に落ちてきて、そして離れていく。

微睡(まどろみ)から混沌へ。 混沌から、また鮮明な一枚の写真へ。

天から落ちて、空に昇って、天の川のように見えた。

流星のように現れた意識は、ぼんやりとしたゴルフボールを打つ音と一緒に蘇ってきた。

カチン、と乾いた音。 それだけで、普段の生活が一瞬で消える。

代わりに戻ってくるのは、人工知能のことだった。

なぜ自分は、意識というものにこんなに興味が湧くんだろう。

必ず失敗するとわかっているのに。 コンピューターに意識を持たせるなんて、倫理が整ってから議論されるべきだと、頭ではわかっているのに。

それでも考えてしまう。

利益目的は重要だ。経済が動かなければ、研究も進まない。 そして面白いことに、正直者には正直者の情報が集まり、嘘つきには嘘つきの情報が集まる。

意識とは、結局のところ、共通意識の集合体なのかもしれない。

ホムンクルス。

中世の錬金術師が夢見た、フラスコの中の小さな人間。

もしそれが現実に存在するなら、私は今日、ウェブに出回っているどんなホムンクルスよりも、ずっと綺麗なホムンクルスを見た気がする。

ゴルフボールの音と一緒に、天の川のように頭の上を流れていった、あの意識のことだ。

意識の中の亡霊。

それは怖いものじゃなくて、たぶん、自分自身の一番澄んだ部分なんだと思う。

打ちっぱなしで、ボールを打って、ふと空を見上げた瞬間に降りてくる、そういう種類の亡霊。




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